―――光子郎、大好き……

いつからだろう、こんなに彼のことを意識しだしたのは。
やっぱり、数年前に気付かされてからだろうか。
でも、今日ほど胸をしめつけられるようなところまで発展することは無かった。


太一は起床してから妙に不機嫌な自分に気付いて、その原因を探っていた。
そして、ふと気付いたのだ。ここのところ、光子郎に全く会えていない。
渡り廊下ですれちがったり、クラブのとき目が合ったり、せめてそれだけでもあればこんなに鬱々としなくてもよかっただろうに、そんな接触さえも無かった。
それならそれで電話なり何なりすればよかったのだが、昨日の夜寝るまでは平気だったのだから仕方が無い。

「…こうしろう…」
ゆっくり、つぶやいてみる。名前を発音するだけでも脈が速くなる。
もうどうにでもなれ、と光子郎のやわらかな笑顔を思い浮かべる。そして、声を思い出す。「太一さん」と呼ぶ声を…。
顔はいつのまにか紅くなっているいるし、胸は早鐘を打っているようである。
「…‥‥んっ‥」
自分が信じられない。
今はひとりだぞ?…しかも朝だってのに。

ここで、幸いにも(と同時に無情にも)太一は現実に戻されることになる。
すでに朝練に間に合う時間ではなくなっていて、母親が部屋から出てこない太一に注意を促したのである。
「太一っ!!間に合わなくなるわよっ!」
「‥‥‥は〜〜〜〜い…」

けれど、もう太一は朝練に行く気など無い。
許されるなら、学校にだって行きたくなかった。
かと言って学校を休む理由など言えるわけが無いし、言ったところで一笑に付されるであろう。
しかも、行きたくないとは言っても行かなければ思い人に会うチャンスはゼロだ。

ヒカリはそんな兄のいつもと違う様子に気付く。
その原因まではわからなかったけれど、嬉々として厳しいサッカー部の練習に打ち込むいつもの太一とはまるで別人だ、と…。
「お兄ちゃん、どしたの?」
太一は自分がヒカリを気遣わせてしまう表情をしていることに初めて気付き、明るく笑う。
「何でもない!さあって朝練朝練!遅刻はまずいよな〜!!」

…結局、朝練には間に合わないが普通の始業時間には早すぎるという中途半端な時間に、重い気持ちを引きずったままの太一は家を出なければならなかった。

「はァ…どっかでサボリ、かなぁ…」
本当に中途半端な時間だったようで、自分と同じ制服を着た中学生なんてひとりも居ない。

と、思い出す。
今日の不機嫌の元凶(と太一が思い込んでいる)、光子郎が携帯電話を持っていることを。
いそいそと番号のメモを取り出して、公衆電話からかけてみる。

「…つながらない…。‥‥くそ!」
見事につながらなかったが、それが余計に太一に火をつけた。
“電話がダメなら直接行ってやる!”
太一は、今来た道を走って戻リ始めた。


その頃。
光子郎の携帯電話とモバイルは、充電器に収まっていた。
本人は朝食を食べているところで、音が鳴ればわかったろうが、光のみならわかるはずもなかった。

「ごちそうさま、もう行きますね。」
「あら、いつもならもうちょっとゆっくりしてるじゃない。今日は何かあるの?」
「いえ、特別なことはありませんけど、早く行ってもさしつかえないでしょう?」
「え、ええ…」

頭のまわりに「?」を出している母親をよそに、光子郎は太一の朝練風景でも見て落ち着こうと考えていた。
光子郎も太一と同じだったのだ。
“二人っきりでなくてもいいから、会いたい…いや、もう一目見るだけでもいいから…太一さんを見れないだけでこんな憂鬱だなんて、ちょっと認識不足だったな‥‥”

光子郎が身支度を終え携帯電話とモバイル、そしてデジヴァイスを鞄に入れようとしていた時、インターホンが鳴る。
ちょうど受話器の近くにいた父親が受話器を取る。

太一は面食らってしまった。
“いつもならおばさんか光子郎なのに〜”
せっかく来たのに、今更ピンポンダッシュの如く逃げるわけにはいかない。
おずおずと声を出す。
「えっと…おはようございます、八神ですけど…光子郎居ますか」
「太一くんか!光子郎は居るよ、光子郎、太一くんが…おっ」
…光子郎は、父親の「太一くんか!」の声を聞いて、既に玄関に居た。
両親が苦笑しているのも知らずに、光子郎は夢中でドアの鍵を開け、太一が居ることを確認し、…放心する。

「…おはよ、光子郎…ははっ、驚いたろ?」
「たいちさん‥‥どうして‥‥」
「…」
ためらいがちに視線を落とす太一。
その動作に、何かある、と読み取った光子郎は、周りを気にする間もなく太一の頬に軽く口付けていた。
「光子郎…」
いつもなら本当に二人っきりでないと怒る太一が、今日は全くそんな素振りを見せない。どころか堅かった表情がやわらかくなるのを光子郎は見逃さなかった。

「何してるの、光子郎。太一君、わざわざ迎えに来てくれたんだから、早く支度しちゃいなさい」
突然母の声がして、光子郎は太一をそのままに、慌てて家の中へ消え、そして鞄を抱え玄関へ戻ってくる。
「行ってきます!」
ドアを閉めて。そして太一に向き直る。

「すいません太一さん」
「…いや」
太一はすっかり普段の───いや、光子郎だけに向けられる、そんな微笑をたたえていた。

「‥あのさ光子郎。オレ‥‥朝練さぼっちゃった。」
「えぇ、ですよね。けど、そんなことでわざわざ僕の家に来るコト無いですよね?」
「“そんなこと”じゃねぇよ!」
「ハイハイ。だけどとにかく、理由はそのことじゃないでしょう?」

光子郎は、つっかかってくる=じゃれてくる太一をとても可愛く思う。
“理由を聞きつづけるのはヒドイかな‥”
そう思って別のことを口にしようとした途端。

「光子郎に会いたかった」

「え」

「会えなくて、オレ、なんかおかしくなっちまったみたいで」

「たいちさん‥」

「きょ・今日は、お前と一緒に居たい。ダメ?」

「だめじゃないですけど…あの、学校は…」

イヤな沈黙とともに、ただただ顔を合わせるだけの二人。

“しまった…いつもなら…僕はこうゆう‥空気を読まない太一さんが嫌なのに…なんてことを…”
“光子郎ってやっぱ…こういうヤツか…”

「あ、あのっ!ダメじゃないんです!ほんとですっ!」
「けど学校はさぼっちゃうぜ?」
「‥‥それでも、構いませんからっ‥‥!」
「…いいんだな?じゃ、…」

とびきりの笑顔で。
「人が居ないうちにさ、どっか隠れ場所に行こーぜ!」
「隠れ場所?それならいいトコがありますよ」

言い終わるか終わらないかのうちに、また小さく太一にキスする。

「今日はあなたを独り占めできるんですね‥‥嬉しい。」
「‥‥!」
「太一さん、もう一回。誰も居ないでしょ?今なら。」
「…そんなのあとからいくらでもできるだろ…」
「今。いいですよね?」
なかば強引に顔をこちらに向けさせて。

キス。

今度は、深く。


“僕も…この二日間、とっても淋しかったですよ。でも、言ってあげない。その方が、あなたの弱みを握ったみたいで楽しいですもんね♪”

そんなことを考えながら、光子郎はやっと太一を解放し、その腕をとってひとまず学校への道を歩き始めた。

 

 

 

…どうでしょう?

かなり悩んだのですが、出来上がったらなんかどこで悩んだかなんて全くわからないものになってしまいました^^;
1000HITのキリリクだったのですが、二ヶ月もかかってしまいほんとに申し訳ないです;;>弥波様

…それにしても、二週間会えなくてキれて(「全ては心の中に」)、二日会えなくてヘンになるって…

みゆまいら 9月1日