部活漬けの夏休みも半分を過ぎた頃から、みんな、お台場からそれぞれの親の実家へとでかける。
「その間も部活あんのになー・・・」
八神家も例に漏れず「お出かけ」するのだが、一家の大黒柱のお盆休みと太一の部活動の休みとを待ってからの出発。
だから、太一に休みは無い。
でも、部活が休みになって、面倒だけど田舎にも行って、そしたら。東京湾で、花火大会がある。お台場は最高の場所だ。
その花火大会の日、子どもたちに浴衣を着せるのが居住区の母親たちの習慣だった。
でも、大きくなった子どもたちは、だんだん浴衣を着なくなっていく。

「もう今年は浴衣、いらないわよね?・・・ね?」
「なんでー?お母さん、ヒカリは着たいよー!」
「だってヒカリ、あなたもう五年生よ。いらないわよね」
「ええ〜〜お兄ちゃんは五年でも着てたじゃない」
「それはヒカリが小さかったからよ。」
「・・・・・・・・・じゃあお兄ちゃんが着たいって言ったらヒカリも着るッ!」

部屋のドア一枚隔てたむこうで母と妹とがやりとりしているのが聞こえた。
(そっか・・ゆかた、か・・・・あ、ヒカリが来るな)

案の定やってきたヒカリに、自分も浴衣は着たい、と伝えて、やっていたゲームをSAVEして電源を切った。
思い出す。光子郎が言っていたことを。
・・「太一さんの浴衣もそろそろ見納めですね」
去年のことだった。
ちなみに、空は去年から浴衣を着なくなっていた。
(着物なら着るのになぁ)
ヤマトと丈はずっと着ていなかった。
(男所帯だし、男三人だし。しかたないよな)
光子郎はまだ浴衣を着ていたけど、今年はどうだろう。


光子郎なら見てくれるだろうから、あえて電話ではなくメールで伝えてみたくなって、部屋のパソコンに電源を入れる。
光子郎が操作を教えてくれたパソコン。
何回も何回も聞き返して、でもそのたびに笑顔で教えてくれた。
それから・・・・そうだ。
(このパソコンで、ゲートが開くかどうか試したんだっけ。)
そのときから起動されていないことを思い出し、苦笑する太一だった。

「あ・・・やべ;;」
光子郎からのメールが何通かたまっていたのである。
毎日電話していたのにメールの話を出さなかった光子郎に、心の中でひとしきり謝る。
「ちゃんと謝らないと;;」
メールの文面はまずそのこと。
次はやっぱり・・
「えっと・・段落はEnterキー・・・・こ・う・し・ろ・う・は・・・・ゆ・か・た・き・る・の・か・・・」

ちゃんと送信されたことを確認し、パソコンの電源を切る。
程なくして、電話が鳴る。
(光子郎かな)
「太一〜光子郎くんからよ」
「うん!」
嬉しい。子機を受け取って、まずはメールをチェックしていなかったことを謝ろうとしたのだが、
『太一さん!太一さんは浴衣、着ないんですか?!』
・・・・・・そんなに重要なコトかよ。自分でメールを出しておきながら、太一は毒づく。
「お袋の気が向いたら着るよ。よくわかんねぇ。」
『そうですか・・あ、僕は着ます。お母さんが作ってくださったので。』
「そっか。いやヒカリがさぁ、着たい着たいってわめいてたから。ああそろそろそんな頃か、って。」
『その日は・・・部活、あるんですか?』
「うん。」
受話器の向こうで光子郎が沈黙している。何かヘンなこと言ったっけ?;
『たいちさん・・・・・・・できれば、その・・午前だけ、とかにしてもらえません?』
「え?なんで?」
『〜〜〜〜〜〜。』
「ってゆうか午前中しか部活ないけど?」
また沈黙。
(あ。わかった。)
「あのさ、じゃその日は、二人で待ち合わせしよっか。どうせいつものメンツ集まっちゃうだろうからその前に。」
『・・ハイ。』

きっと機嫌をなおしてくれただろう。
なにせあのキャンプの後、大輔たちから事情を聞いたりしに集まったほかに会っていないのだ。
「どうしてこんなに会えないかな」

いつもそれは自分だけが思っていることだとばかり考えていた光子郎は、太一のその言葉に息を呑む。
「・・・・・・でも、去年に比べたら、すごくよく会ってますよ。」
かろうじてそれだけを口にする。
『ま、そりゃそーだけどさ。あっちの世界のコトでも会ったりしてるもんなぁ』
・・・・ああ。やっぱりわかってなかった。光子郎は期待した自分がバカだった、と涙に暮れる。

『けどやっぱ二人で会わないと意味無ぇよなー』
(え?今なんて?)
「太一さん・・・・」
『だろ?光子郎・・ま、いつでも会いにいけるには行けるんだけどなーなんかなぁ〜。やっぱ暑いし?』
がくり。
(わかってはくれていたんですね・・・でもその理由は・・・・。)
「僕は別に暑くってもいいんですけど、太一さんの予定とかわかりませんし、それにお宅にヒカリさんも居ますし。」
『え〜〜ヒカリなんか気にすんじゃねぇよ!・・あ、テイルモンか?あいつなら別に何もしねーよ?』
「違います。」
きっぱりと否定した光子郎は、もうどうにでもしてください、といった感じであった・・・・。

『とにかく、花火の日はお会いしましょうね。どうせなら、僕の家にいらっしゃいますか?』
「ん〜〜そうしよっか。ヒカリの友達とか来たら騒がしいだろうしな」
『じゃ、時間はまたメールします』
「あ!メール・・・」
太一は何度もメールを溜め込んだことを謝った。結局最後になってしまったことを後悔しながら。






「行ってきまぁす」
「太一?!もう行くの?」
「うん。」
「まだ昼すぎたばっかりじゃないの。」
「別にいいだろー」

花火大会の日。
浴衣がちゃんと用意されていて、太一もヒカリもほっと胸をなでおろした。
太一は部活から帰ってきて、シャワーを浴び、昼食を食べた直後、母に浴衣を着せてもらって、もう出てきてしまった。
家を出る際に母に言われた一言に妙に照れてしまう。
早く家を出た目的は明らかだから、である。

太一の家から光子郎の家まで、大した距離ではないのだが、それでも今日は浴衣姿の若い女の人を見かける。
きっと海浜公園あたりはもう人が集まってきているだろう。
考えながら、光子郎の家へと急ぐ。まだ明るいうちから浴衣を着ている自分が少し恥ずかしい。

「おじゃましまーす」
「太一君、いらっしゃい」
「太一さん、どうぞ。僕の部屋、クーラーきいてますから」
母親のうしろからひょこっと現れた光子郎も、浴衣を着ていた。
足元には裁縫道具。裾の直しでもしていたのだろう。
「似合ってるよ」
「太一さんも」
くすっ。
顔を見合わせ、肩をすくめて、二人して小さく笑う。

光子郎の部屋。
何度も足を運んだ部屋。
パソコンの電源はつけっぱなし。MOがちょっとうるさい。ブラインドが下ろされていて少し暗い。
「はぁ〜。すっずし〜」
「今パソコン切りますね」
「別に切らなくても・・」
「いえ、せっかくお母さんに何も持ってこなくていいって言ったんですから」
え。
「こんなに早く来ていただけて嬉しいですよ」
「・・・・・・・・・・・・・そういうつもりじゃ・・・・・;」
「もちろん、夕方になったらほかの皆さんと花火を見なきゃいけないですし。僕だってちゃんと・・」
「何?」
「少しだけ、ってコトですよ」
「・・・・・・・・・・。待っ・・」

「・・っ・・・・あ、ゆかた、がっ・・・」
「何です?」
「・・・・待って、待っ・・・あ・・」
キスだけでこうなる相手を嬉しそうに見つめたあと、光子郎は手を懐へするりと入れてゆく。
「大丈夫、汚したりしませんから」
「・・・ば、かっ・・」
器用に帯を解く。
(・・・なんか、すごく・・・イイ。)
洋服とは違う。・・光子郎の目が変わる。
性急にはせず、ゆっくりと。
太一は急ぐと言っていた光子郎らしからぬことと思いながらも、それに身をまかせるしかない。
それでも。焦らされすぎて、どれくらいの時間がたったのかわからなくて、・・囁く。
「・・どう、しちゃったんだよ・・光子郎?・・・・」
「イヤですか・・?」
「え  ・・う、ううん・・・」

やっと衽へと手が伸びて・・
「・・!」
(やばい。まだ浴衣、脱がされてないってのに・・)
涙目の太一。ぎゅっと目をつむり、下唇を噛んで、必死に快感に耐えている。
「太一さん、・・・かわいい・・」
「・・っあ」
その言葉が紡ぎだされる息で快感が増幅されてしまう。

太一が何を以ってこんなにも耐えているのか、光子郎にもわかっている。
「長いこと唇を噛んだら・・切れちゃいますから、もう・・・」
「・・・・あ・・・・っ・・」
「僕の手に」
「・・イヤ、いやっ・・・・やっ・・・!」
・・・。
「ホラ、楽になったでしょう?浴衣も、汚れてません。」
「・・・ほんと、に・・?」
「ええ。まだ時間ありますから、休んでくださって大丈夫ですよ。・・・・部活で疲れてたでしょうに、ムリさせちゃってすいません」
「言うほどのコト・・・・してねぇよ・・・・」
口ではそう言いながら、目は眠気を帯びだしている。
そんな太一に苦笑しつつ、光子郎は静かに口付ける。
「・・・・・」
(狸寝入り、だ)
くすっ。
クーラーで太一が風邪をひかないように、半ば脱がされた浴衣を取り去り、タオルケットを掛けてあげた。
(・・・・来年も・・・また。)
そんなことを光子郎が考えていた頃には、太一はすっかり夢の中だった。


RRRRR.....
RRRRR.....

ぱち。
「ハイ、泉です」
(あれ?)
「光子郎、お電話。井ノ上さんからよ」
「はい」

子機を持って光子郎が部屋に入ってくる。
「もしもし、京くん?僕、やっぱり遅くなりますから。皆さんで先に行っちゃっててください・・え?まだ一人しか来てない?じゃ、移動するときはまた教えていただけますか?ええ。そっちはちゃんと行きますよ。それじゃ。」
「・・・もう時間?」
「いえ、小学校のときのパソコン部の方で集まろう、という話がありまして」
「いいのか?」
「京くんには口実を伝えてありますから大丈夫ですよ。」
「ふーん・・・」
後輩一人に理由(それも嘘の)を伝えただけであっさり蹴るとは・・ちょっとパソコン部の面々に同情する太一であった。
「今の電話で起きちゃったんですね。体、もう大丈夫ですか?」
「えっ、あ、ああ。大丈夫。」
浴衣はきっちりと和服ハンガーに掛けられていた。自分にはタオルケットが掛けられていて、Tシャツも着せられていた。毎度のことながら、体もきれいに拭いてくれていた光子郎に、感謝の言葉も無い。
「・・・・・・ありがと。」
ほんとはもっとちゃんと言いたいけれど、声を大にして言うのは憚られて、小さく、ぽつりと漏らす。
「いえ。」
そんな声もちゃんと拾ってくれて、返事を返してくれる光子郎が、嬉しかった。

「じゃ、もう浴衣着ますか?」
しばらく他愛の無い話をして時を過ごしていたが、もうそろそろ集合時間に近かった。
「ん。着る。」
・・・とは言っても、まさか光子郎のおばさんに着せてもらうわけには・・と考えていた太一に、何してるんです、と光子郎が声を掛ける。
「え?」
「立ってくださらないと。」
「・・・・・着付け、できんの?」
「まあ、浴衣なら。さ、立ってください。」
驚いた。とにかくTシャツを脱いで、ベッドから出る。
両腕をあげた太一に、光子郎が浴衣の袖を通して、襟をとじ、裾を合わせて、帯をキツく結ぶ。
「っつー・・キツすぎじゃねぇの?」
「いいえ!どこぞの変なヒトに連れてかれたら困ります!」
「・・・・・・・・そーかよ。」
「・・やだなぁ。冗談ですよ。」
(でもそんなふうには見えないんですけどね、光子郎くん。)
証拠に、光子郎は帯を緩めてはくれなかった。

集合時間。
11人が一同に会し、はしゃいでいる。
そして花火が始まる。
「「わあ・・」」
「もっといい場所ありそうですよね?ね、ミミお姉さまぁ、どっかありません??」
「そーだなー・・あ、空さんちの棟は?」
「んー見えるには見えるけど・・・」
「僕の家からはよく見えるけど、さすがに11人もいたらベランダが・・」

そんな話を彼らがしていた頃。
太一は光子郎に連れられて、時折聞こえる花火の音を耳にしながら走っていた。
太一には行き先はわからない。まるで逃避行。
(・・・いつもは人多いのに……だれもいない・・・・そりゃそうか。みんな、花火観てるんだもんなぁ・・)

「着きましたよ」
「うわ・・・」
団地の中の、小さな公園。その砂場に二人は立っていた。
マンションがひしめきあっているはずなのに、こんなにも。こんなにも視界が広い。
「ここは暗いから、すごく綺麗に見えるでしょう?普段は星を見に来てるんです。冬だとすごくキレイなんですよ。」
「うん、星…キレーだろうな・・・・あ、スゲー今の。」
「ええ・・」
明かりは、花火。不思議だ。いつも暮らしている空間と同じ空間の中だなんて。

「お前いつこんなトコ見つけたんだ?」
「引っ越してきてすぐ、・・です。たしか・・。」
「引っ越してきてすぐ?」
「友達も居なくて・・・知ってる人さえ居なくて・・・・お母さんが買い物帰りに立ち話していたときに、冒険気取りで。」
「・・・・。」
「ふふ、子どもらしくっていい思い出です・・。」
「光子郎」
少し俯いた横顔が、花火の紫や金に照らされて、はかなげだった。
消えないで。
「た、・・」
「あ・・・・ご、ゴメンなんとなくっ・ ・ ・ 」
ふわりっ、と光子郎が微笑む。
「いーえ。一瞬触れるだけでも、太一さんからのキス、堪能させていただきました。」
「・・・・・・・・」
「ここは暗くて・・・危ないから、人も、来ません。」
「こ、こうしろうっっ;;お前まさかっ」
「ええ、そのまさかです」
「・・・・・・・!!!!」

ご愁傷様。


つつつつながりが…;;
ううーん言い訳したいようなしたくないような;;
ほんとにこんなのでスイマセン(@x@;)

みゆ 1028