「太一さんっ…!」

ガタン、ガコン!
マンションの扉はわざと大袈裟に音を立てて閉じてやった。
ばかばかばかばかばかばか!!!
知らない、知らないッあんなやつ!


昔から変わらない、
ちっとも、ちっとも変わらない。
その笑顔と、必死の相を呈する声。
俺が居ないと駄目だ、なんてことを平気で言う。
昔から、ちっとも変わらない。

「太一、遂に光子郎に愛想尽かしちゃったの?」
空の家に上がりこんで、ヤマト用に買ってあるという酒をひたすら飲んだ。
「違ぇよ、光子郎のやつ、…」
「太一?」

光子郎のやつ。
変わらないんだ。変わろうともがくこともしないんだ。
キレーな顔しやがって。
澄ました顔しやがって。
もっとこう…俺を手に入れたこととか、もっと嬉しがってもいいのに。
僕は関係ありません、って、そんな顔ばっかり。
何年のつき合いだと思ってんだバカ!
お前はただ俺にくっついてるだけなのかよ!

 

「そんなこと言ってたんですか」
苦笑いしながら、それでもこのことを伝えてくれた彼女。
僕も、苦笑を返すしかない。
「ま、珍しく酔っちゃって、全部吐き出したってトコかな」
空さんから電話をもらって来てみれば、大の大人が子どもの前で大酔した挙句寝てしまっていたわけで。

「ご迷惑おかけしました、お子さんたち、太一さんの声で起きちゃったんでしょ?」
「そんなのいいの。ヤマトはまだ帰る時間じゃないし、光子郎まで来てくれたんだもの、今日はなんだか嬉しいわ」
そう言った彼女。優しい笑顔をたたえていたけれど、やっぱり淋しいんだろうな。

「光子郎、あなたたちって今どうなってるの?」
「突然それですか、…困ったな」

ソファに横たえた彼の寝顔を撫ぜながら、どう答えたものかと逡巡していると、ピヨモンとテントモンが現れる。
「ねぇ、アグモンは来ないのぉ?」
「ピヨモン!あっちに居なさいって言ったじゃない〜」
「空さん、」
僕は驚いて太一さんから離れて、その上で空さんに目配せする。
「いいんですよ、ピヨモンだって知りたいだろうし。テントモンに至っては僕たちの間に立ってくれることだってあるんですよ」
言うと、空さんの笑顔にピヨモン特有の空気が合わさってリビングは不思議な空気になる。
その上テントモンが自慢気になるものだから、不思議も不思議、と言ったところか。

「昔とさして変わりませんよ、そう、太一さんが言った通り、かな」
「光子郎…」
「ま、経済力がついて、2人とも遊びやすくなったことくらいですね、変わったことなんて。あ、それと、今度こそ職場も近いし、家も一緒だし、2人っきりになれることが多くなりました」
にっこりと、笑顔で言ってみる。
‥‥あ、ひいてる。テントモンまで。ひどい。

「じゃ、光子郎は幸せなんだ」
「そうとは思いませんけどね」
反射的に口を吐いて出てしまった言葉に、しまった、と思う。
「僕、こんなに幸せなのに、どうも厭世的なんです」
「…それも、いいんじゃない?でも」
そこで止まる彼女に、僕は顔を上げる。
「それじゃきっと、太一のグチは消えないわね」
「そう、ですね」
きっと彼女自身もそうなんだ。
空さんにもお酒を飲ませてみようか。きっと何か、色々出てくることだろう。

「あとはあれね、ちゃんと自分のこと、自覚しないと」

自覚?
僕の中には無かった答え。

「光子郎の頭の中は、太一と、研究と、それだけでしょ」
「……そうかも、しれません」
「光子郎の研究、私なんてテーマを聞いただけでもちんぷんかんぷんよ、凄いと思う。でも、太一はそういう光子郎じゃなくて、ありのままの光子郎を受け入れたいんだと思う」

ありのままの僕は、…

「でも、いざそれを求めると、あなたは霞みたいだって、そう前に言ってた…。」

ありのままの僕…

「怒ることもあるし、泣くことだってあるけど、自分の為にそうすることはまず無いって。今日言ってたのもそのことじゃないかな、って思うんだけど…どう?」
「僕は自分の為に怒るし、悲しむし、喜ぶし…ありのままの僕なんて、そんな」
「ううん、ごめん。光子郎はほんとは自分のこと凄く考えてるもの。ただ、太一に隠し過ぎたのよ。もっと見せてもいい、ってことよ、きっと。」
空さんは知ってる。
僕の葛藤を、知ってる。

「光子郎はんは今のままでええんです、きっと」
「テントモン…」
パートナーデジモンの存在意義がこの数十年で見えてきた、テントモンも例外でなく、やはり僕のことだけしか考えない。
僕だけを見つづける存在、まるで昔の僕が太一さんにしていたように。
「今のまま…でも、昔の僕とは違うところもある」
「そう、それでいいのよ」
「私もそう思う。空もヤマトも、光子郎も太一も変わったよ」
僕は複雑に笑った。
――― 逃げ道をつくるのが、うまいんだから。みんな、大人になってしまった――。

もう一度、ソファに沈む太一さんに触れて、囁く。
「‥あなたについていくだけの僕じゃないつもりですよ‥‥」
それは、もっともっと昔から。最初はあなたが、あなたの笑顔が憎くて堪らなかったんですから。
密かな告白は胸に秘めて、僕は彼を引きとり彼女の家を出た。

 

「ん‥」
「あれ、こんなところで目が覚めましたか」
……立ってる。俺、空んちで飲んでなかったっけ?
「もうちょっとだったのに」
は?
「ほら、」
「ぅわっ!」
ドタン!って音がした、…俺はベッドに倒されたらしい。

「お仕置きです。空さんのお宅にお世話になって。もう!」
「え?…な、何?何?!何なんだッ!!?」
俺は言い訳もできないまま、手足を繋がれてゆく。
お仕置き。
たまーにやられてはいたけど、今回は(むしろ「今回も」)ワケ分かんねぇぞ!

「覚えてないみたいですね‥‥いいでしょう、それはそれで面白そうです」
ちっがーぁう!!!!!!!!!!
叫ぼうとして、口まで塞がれてしまった。
「静かにしてくれると嬉しいんですが ――― アルコール、まだ残ってるんですね。声のボリューム大きいですよ…ま、大音量も良いでしょう」
語尾にハートやら星やら音符やらが付いてるような気がするのは…気のせいではないと思われる。
もんっのすごく楽しんでる声でありながら、奥底に何かひた隠しにされているものがあるような、そんな感じだ。
優しい笑顔なんだけど、この状況下で安心できるものなど無い。
…俺は観念した。
いつものことだけど…どうにでもしてくれ……もう。
「諦めちゃったんですか、ねぇ、抵抗してくださいよ」
手も足も口も自由に使えないのにどうやって抵抗するんだ!ってちょっと睨んでやったら、
「それでいいんです」
しかも、笑顔付きだ。
………。
ああもう。

何でコイツがこんなに怒りつつ楽しみつつだったのか俺が知って、焦り慌てた上真っ赤になるのは翌日になってからだった…。




インテックス大阪で配布したものです。
とりあえず、
「光子郎から止められているため(笑)お酒はめったに口にしない太一さん」
「お酒に酔って、鬱憤を全部口から漏らしちゃう太一さん」
「懲りてない光子郎さん…」
とか、色々書きたかったのが書けて、本人は気に入ってます。


何気に時間軸的にいつの設定かわからないんですが、まぁ適当に流してやってください。


みゆまいら 01.09.24.