目が覚めたのは、寒かったからだ。 なんで寒いんだろうと思いながら何回かまばたきして、そうして気づいて、思わず怒鳴った。 「バカ光子郎!今日どーすんだ〜〜〜〜ッ!」 その光子郎はというと、それでも俺の横ですうすう寝息を立てている。 起きやしない。ばかばか。風邪ひくぞっ。 …俺ってなんて優しいんだろう。布団を掛けてやった。 携帯が見あたらない。 ああ、昨日の夜なにも見てないぞ。 メール来てたっけなぁ。 寝起きなのに焦ってるから混乱して、考えがまとまらない。 ああとにかくクーラーを切らなきゃ、そう思ってリモコンで電源を切る。 そのときのピッという電子音に光子郎は反応した。 「ん、ん〜〜」 「こうしろう……起・き・ろっ!」 俺の形相は鬼のようだったかもしれない。 それでも光子郎は笑っていた。 「あ、あー…えっと、おはようございます…? 太一さん」 「ああ、おはよう! 今日はなんがつなんにちかな光子郎!」 「えーっと、7月30日?」 「ふつかも違う! はちがつついたちだっ!」 光子郎は一瞬固まって、目が時計をさがした。 壁の一点、掛かっている時計を見て、光子郎は険しい表情をする。 次に俺に笑いかけた。 「なんだよ」 「たぶん、どっかでなにかやってても、もう間に合わないです。夜から合流すればいいかと」 「あ・の・な〜!」 「太一さん、カリカリしないで、お昼ごはんでも食べましょう」 光子郎もすっかり目が覚めたのか、いつもの話し方でさっくり会話を切ってくれる。 「気になるんなら、太一さんはみんなと連絡とってみてください。僕がなにか作ります」 そこまで言ってくれるんなら、と俺はお言葉に甘えることにした。 鞄の中に、携帯を発見した。 伝言が3つ。 ヒカリから2つ、大輔から1つ。 メールは5通。 丈から3通も来てる。タケルと、ミミちゃんから1通ずつ。 丈は「休みを取れなかった」「親の病院で手伝いしてるから夜も行けなさそうだ」「ゴマモンがもし来たらよろしく」と言ってきていた。 タケルは「明日はどうしますか? 僕は予備校があるので昼から夕方しかあいてません」というメールをみんなに送っているらしかった。ミミちゃんは「軽井沢のわたしのおうちへ来てくれたらごちそうします」という記号だらけのメールをくれていた。軽井沢までどーやって行くんだ。 ヒカリの伝言は「お兄ちゃん、起きてる? お台場、行くの?」と「いまお台場にいます、テイルモンも一緒。 もし来るんなら連絡ください」だった。大輔のは「太一さーん、賢と京と、あと伊織と落ち合いました〜えっとー、一応お台場に行くことにしましたー」…ぞろぞろ足音付きの、いかにも大輔らしい伝言だった。 タケルは予備校で夜がダメなんだな。 空とヤマトはどうしたんだろう。 たぶんあいつらも俺と光子郎はどうしたんだろうと思っているだろう。 俺がどうするかって、……どうしよう。 いつもならお台場かどこかに集まって、適当に話をしたりして、それから移動してカラオケでもして、それで解散して終わりだ。 伊織はまだ中学生だから、そんなに夜遅くまで連れ回せない。京ちゃんは受験生。 成人組で飲み会とか、ちょっと考えてたんだけど、ミミちゃんは軽井沢で丈は病院で。空とヤマトは連絡無し。 …う〜〜ん。 そうこうしているうちに結構な時間が経っていたのだろう、光子郎が布団を半分に折って卓を整えていた。 「お、ごめん」 「いいえ。どうでしたか?」 光子郎もさすがに気になっていたらしい。 「ん〜〜、なんかみんな、一応お台場に行ってるらしいけど」 「はー、お台場ってなんにも無いんですけどねー。」 光子郎はちょっと呆れたふうに言った。 過去何回も、お台場には大人数で騒げるところなんか無い、という話になっているから、いい加減にしてほしい、という気持ちがこもっているのだろう。決してあの場所を蔑ろにしているわけではないことは、ちゃんと知っている。それでも思わずムっとしてしまう。 「お台場しかないんだよ、どうしたって」 「こんなことでもないと、行かないですもんね、あそこに家が無くなると」 当然のことだ。お台場のマンションは殆どが賃貸だし、少し遠くにある分譲マンションは、当時マンション暮らしだった家庭にはそんなに魅力が無かったのだ。 尤も、ヤマトの父親は勤め先がそもそもお台場であるという理由で、まだ住み慣れたマンションに住んでいる。ヤマトも、ワンルームでちょっと一人暮らしをしては戻ったり、という生活をしている。あいつは大学に行きながらサークルとバンドを真剣にやっているので、お台場は多少不便だと思うのだが。 俺の両親も光子郎の両親も、ついに「念願の」戸建てを手に入れて、お台場を離れた。俺も光子郎も、通学に一時間以上かかる大学に行くことになったが、たいした不便ではなかった。でも光子郎は、両親にお願いして2年間だけ一人暮らしをしたい、と言い出した。いま、1年がすぎて、2年目だ。大学の3年にあがると、光子郎はこの部屋を出て、両親が手に入れた家に戻る。 「そういう意味では…今年が最後か」 「なにがですか」 湯飲みを卓に運んでいた光子郎が鋭くつっこむ。 「あーいや、ほら、のんびり8月1日を過ごすのも、そろそろ終わりになるんだなぁと、な」 「……まあ、そうですね。太一さんも再来年には社会人ですよね…」 「……そんな先のこと、止そう…暗くなる…」 「なんですか自分で言い出したくせに」 光子郎は笑って言いながら、座ってください、と言った。 「さっき僕の携帯を見たら、空さんからメール来てましたよ」 「え、なんて」 「今日はヤマトさん、ライブハウスでライブだそうです」 「まさか…」 「そう、あそこです。空さんからは顔パス効くって来てましたけど、どうしますか」 「そりゃ、乱入だろ、楽屋に! みんなでおしかけて、アイツが赤面すんの眺めるんだよ!」 光子郎は笑った。 昼ごはんは、ちょっと水分多めのチャーハンだった。 「ところで、身体は大丈夫ですか」 光子郎は笑顔で聞いてきた。 「は?」 と聞き返した俺は、数瞬でそんな答え方をした自分を猛烈に恨んだ。 試験が終わってから連日いろんな飲み会に連れ出されていたので、やっと解放された昨日も爆睡し、そしてその昨日は起きてからほとんど抱き合っていた…のだった。 シャワーも浴びずに、なにやってんだ、俺は。 …クーラーが効き過ぎて、わからなかったんだな。 目が点になった俺を尻目に、光子郎は相変わらず笑っていた。(そりゃあ機嫌も良くなるだろうさ!) 「今日は帰ったら絶対すぐ寝るからな!」 「いいですよ、もちろん。太一さんが欲しくなったら、いつでも抱いてあげます」 「〜〜〜〜。。。。。」 ああ、そうですよ、俺が誘ったんだ……。 ため息をついて、俺は光子郎の質問に答えた。「大丈夫だけど、出かける前に、シャワー浴びる」 光子郎はうきうきした声で、じゃあ片づけも僕がやります、と答えた。 |
一応8月1日記念で。
2009/08/01の設定…(うわぁ)
平日だけど、大学生も夏休み、高校生も中学生も夏休みですから!(哀)
(今年は日曜でラクラクだなぁ!)
太一さんと光子郎さんの人生がどんどん捏造されてゆくよ……
みゆ 2004/08/01