学校の授業とサークル、それにバイトをこなす太一は、月に何度か、くつろぐためだけの時間を作る。

 うまいこと光子郎が家にいる時間帯なら、光子郎の部屋にいるのだが、そうでない場合も多い。そういうときは、学内にいるはずの光子郎を探し出すのに躍起になってみたり、逆に光子郎に居場所を吐かせたりして、結局は光子郎のところへ転がり込む。授業中ならどうしようもないが、それでも、たまに教室の出口でつかまえては驚かせるのが好きだし、研究室くらいなら上がり込む。そして、「俺、ここで静かにしてるから。ここに居させて。」そんな言葉で光子郎の集中をそいでしまう。

 それでも、光子郎はその月に数回の時間が好きだ。光子郎には知らされない太一のスケジュールの合間。その時間が、光子郎と共に居ることに費やされている、それが嬉しくないわけがない。

 そうして作られた、二人だけの時間。太一が語学の予習を終えて、バイトに行くまでの約一時間が、この月一度目の時間になった。なのに、光子郎の方の課題が終わらない。光子郎からの話によく出る、授業の厳しい講師の課題。武之内教授のところに顔を出しながらの学生生活で、たまたま時間が無いときに出されたことと、光子郎の完璧主義的なところが災いして、まだ完成のめどが立っていなかった。

 太一は、テキストや参考文献を椅子の下に散らかした光子郎の後ろ姿に見入る。口を尖らせるでもなく、かといって光子郎の邪魔をするわけでもない。せっぱ詰まっているとはいえたかが授業の課題であるから、太一はあまり心配していない。だからこそ、余裕を持って光子郎の奮闘を眺めていた。光子郎はキーボードを叩かず、構想を練っているようだったから、邪魔することは憚られたのだが、突然振り返った光子郎とばっちり目が合ってしまった。
 
 「…太一さん、どうしたんですか」
 太一が自分を見ていたことに気付いた光子郎が、ふわりとした笑みをたたえながら問う。疲れたときに見せる光子郎の微笑みは、太一がいちばん抱きしめたくなる表情の一つだ。
 
 「俺は今、光子郎を見る時間」
 その衝動を抑えながらそう答えると、光子郎にも今の太一が例の時間の太一なのだとわかる。課題に向かっていた緊張の糸と集中が切れていくのが、光子郎にも太一にもわかった。

 「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ」

 「謝らないでください。僕も休憩しようと思ってたとこで」

 口ではそう言うし、太一が見ても光子郎には休憩が必要そうだったが、邪魔をしてしまったのは事実だった。椅子に座った光子郎に近付き、光子郎が「何ですか?」と見上げたところに静かにキスを落とし、髪を撫でた。

 すこし唐突なキスに戸惑ったような表情を見せた光子郎だったが、すぐに微笑んで「大丈夫ですよ」と呟くように言う。太一は、自分が少し衝撃を受けていることに気付く。こんなキスを滅多にしてこなかった自分に気付いた。

 「光子郎…おまえさあ、前に俺からキスしたときと、すごい違い」
 「えっ!」

 空気を緩ませていた光子郎が、ぎょっとした表情で太一を見る。その表情を見て、太一は今度は急に可笑しくなる。

 「いや、いいんだけどさ」

 にっと笑う。光子郎は安心して、固くした表情を再び緩めた。

 「…僕が、太一さんからキスされて、嬉しくないとでも思いますか?」
 「そうなのかと思っちゃった」
 「もう…そんなふうに言わないでください」

 座っていた光子郎はおもむろに立ち上がって、太一に顔を近づける。ゆっくりと両方の手を上げて、太一の耳に添える。

 「なんだよ…じれったいな」

 時間をかけたいだろう光子郎に、太一はそう言って急かす。光子郎は、太一と数センチの距離のところでふふふと笑ってから、それでもゆっくりと口づけた。

 


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2007年6月の太一&光子郎オンリーで、企画にお誘いいただき、そのとき使っていただいたものです。
そういうのはあまりサイトに載せないんですが、時効かなと思って載せちゃいます。
あくせくしてるところをただ眺めるだけなのに癒されちゃう太一さんという、ある意味究極にバカップルでした…(恥)
2008/08/24 UP