2005年diaryより。短いのが6本続きます。





「わりいなぁ、こんなクソさみー日に」
ウォームアップ用のジャケットを着込んでいるけれど、膝は出ている。
すねあてとソックスで膝下はそこそこ暖かいのだと言うけれど、間違いなく、寒いのは僕ではなく彼だ。

「見たくて来たんですから」
手袋無しだと河川敷の風が痛い。
「気温なんて気にしないでください」
ほんと悪い、と返して、目が観客席を見た。
「明らかに人少ないよな」
「まあ…熱心な人じゃないと、来ないかもですね」

心の中で、クリスマスだし、と付け加える。
学校は冬休みだ。なのに敢えてこの25日を選んで試合が組まれてしまった。
24日も試合前日で練習が無いわけ無かった。
…去年だってクリスマスは何もできなかった。
そして来年は、彼は受験がある。
(太一さんなら受験だろうと何だろうと、はしゃぐかもしれないけど)
今年のクリスマスは、今は忘れよう。
鞄に用意してあるのは昨日あった天皇杯4試合の録画画像と、新しいシューズケース。
試合が終わって、また顔を合わせたら、そのときに渡せばいい。

「そんじゃ、走り回ってくるわ」
「がんばってください」
「おう。…」
まじまじと僕の顔を見る。
「なん、ですか」
少し怖じけつく。
「見てろ。点、ぜってー入れてやる。そんで勝つ。」
珍しい。僕にこんなこと言うなんて。
「そんで、試合なんてとっとと忘れてお前んち行く」
「は、…はは」
思わず笑った。
吹き付ける痛い風の中、満面の笑みで。
「はい。勝って、一緒に帰りましょう」








「さみー」
マフラーも手袋も持ってこなかった。
少し後悔。
でも、あとちょっとで駅に着く。

ふはあ、上に向かって息を吐くと白く吐息が広がっていく。
「…さみいっての」
ごそ、ポケットの中につっこんでいた手を、鞄の外ポケットへ。
取り出した携帯も冷たくなっていた。

ぱかりと開いて、しばらく待ち受けを見つめる。
(んー、、文句送るのもなあ)
白く息がまた広がる。

固まりかけた右手を動かす。
《すんげー寒い…》
一度止まるけど、えいやと送る。
…携帯を握ったまま、気持ちだけ少し軽く、駅へ向かう。


   :::


寒いのはこっちも同じだ。
苦笑する。
と同時に甘くとろけるような感覚。

隣にいたら、どうしてあげよう。

(自分の手だってあまり暖かくはないのだけど)両の手でかれの手を包み込んであげようか。
かれが手をつっこんでるポケットに自分の手も放り込んでみようか。

でも一番あったかくなるのは。
(やっぱり、…)
肩をぎゅうと抱きしめてあげたい。

ふう、と呼吸で甘い空気を無理矢理振り払う。
こんなもので釣られるかはわからないけれど、メールをする。

《レモネードいかがですか。はちみつも用意して待ってます》

釣られてくれればいいのにな。
かれより一足早く、台場に着いて寒空のもと、携帯に甘い空気の一端をのせる。










「なあ」

律儀に振り向いたそいつに、縋り付きたい気持ちで居る。

「…」
なんですか、とは言わない。
こいつは今日は、黙ってるつもりなんだろか。
俺に何か、言わせるつもりなんだろか。
パソコンはついてない。
それだけでも、いつもよりは気持ちが入ってると、そうは思うけどさ。

慰めは要らない。
けれど、愛撫は欲しかった。

こいつには、それがわかってるんだろか。
だから、なんにも言わないんだろか。

…部屋に来るなり、なんにもできず立ちつくすだけだった俺も俺なんだけど。
パソコンもつけずに俺が来るのを予想してたらしいのに、これはひどいじゃないか。

……、そうか、
俺ってばダメだな、
そうしたいならそうすりゃいいんだよな。

「頼みたいことが、あるんだ」
「ハイ」
「恥ずかしいんだけど」
ああ、一気に言えない。
こいつが黙ってるから、余計言えない。
「…お前にしかできないことなんだ、キスとか無しで、…だ、抱きしめてほしいんだ」
光子郎は椅子から立ち上がって、そんなことでいいんですか、と今日初めて笑った。

レギュラー落ちなんて、するもんじゃない。











よっ、ひさしぶり!
ミンスク大にはジャーナリズム学部があって、見知らぬアジア人がいるって結構たいへんだったよ。
質問の嵐っつーのかなぁ。
なんかゼミを挙げて密着取材とかされそーになった。あはは。
通訳のやつがなんとか断ってくれたよ。

予想してた通り、ミンスクは寒い。
それから、山が無え!
外国にいる、って感じがすごくするよ。
街の感じは、モスクワに似てる。古い建物より、マンションとかのほうが目につく感じだ。
ただ、街の別のほうは、もう少し古い建物なんかもあるらしい。今回の日程ではそこまで行く予定は無いんだけど、部長は行ってもいいんじゃないかとかゆってるよ。
もし味のある建物とかがあったら写真撮っといてやる。

食べ物もロシアに似てるかな。
ピロシキとか食ったぜ。
スープであったまるんだよな〜。
今の時期の東京じゃできないよな。
へへ。

…ええと

なんか呼ばれちった。
んじゃまたな。
電話なんか久しぶりだな、長いことしゃべっちまったかな。
部長がゴネなきゃー予定通りに帰るからな。
空港で待ってろとは言わないから、せめて部屋に戻ってこい。
じゃあ、体に気をつけて。
とかゆうと照れるな。…じゃな。











「光子郎〜〜ちょっと出ようぜー」
「はあ、いいですけど。どこ行くんです」
「ちょっとそこまで」

「ちょっとそこまでって…こんなとこですか」
「いーじゃん。なんか不満?光子郎くん」
「いえ、いーですよ。マンション出ただけの場所でも何でも」
「じゃあ歩くかぁ」
「はあ」

「で、何なんです」
「別に何も無ぇよ? なんか無きゃだめ?」
「…そりゃあ、だめじゃないです」
「大したことじゃないんだ」
「はい」
「今日で夏休み終わりだなぁと思って!」
「そうですね」
「…なんでそう平気なの」
「なんでそこで怒るんです」
「…ばかだなー」
「……。。?」

「こーやって散歩するのもしばらくできねーから、俺が俺のために光子郎を補給してんの」

「…。。それは、」
「お前も会えない分の俺、補給しとけよ」
「太一さん、それは」
「あーあ、明日は朝から晩まで学校かぁ」
「…太一さん 、」
「何だよ。」

「キス、したいです」

「…確認すんなボケ」
「すいません、、大胆ですね」
「夏休み最後だしな」
「じゃあ次は、いつですか 」
「さあなぁ」








はああ。

太一は大きく溜息をついた。
理由があるわけじゃない。
ただなんにもやる気が起きなくて、
溜息をついてみただけだ。

気まぐれに授業をさぼってみたら、
意外と学校が静かなことに気付いて嫌気がさしただけだ。

さらに気まぐれに、滅多に人の来ない屋上に上がってみる。
高く澄んだ空、流線型の真っ白な雲。
深呼吸をするつもりが、また溜息になった。
こういうときのあと一時間。
なにをしようかなんて考える前に。


さぼっちった。
U号館屋上。
風がすずしーよ。


恋人は来るだろうか。
一時間を一人で過ごさせるようなら、
しばらく口をきいてやんない。

太一は、ふふふとわらった。
携帯の音を切って、時計を見ながら、
いつになったら来るのかと、
ちょっとしあわせな気分で待った。