2009年diaryより。
7/31〜8/1ネタをくっつけたので実質8本です。えろ有り、ご注意。
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 「ちゃんと大掃除した?」
 受話器から、優しい声がする。
 「はい、窓拭いて、網戸もキレイにして、お風呂も壁と天井までちゃんと」
 「そう。おつかれさま、がんばったわね。じゃあ、明日気をつけて来てね。待ってるわ」
 「はい、またあした。おやすみなさい」

 電話を切ると、太一が口を開く。
 「おばさん、なんて」
 「ちゃんと大掃除したかって」
 「ちゃんとやってるよなあ。光子郎なんて、いつもちゃんとしてるのに。おばさんもマメだなあ」
 アルコールが入って、すこし眠たそうにしている太一に、光子郎は微笑む。
 「お母さんは、僕たちのこと、信じてくれてますよ。今も電話口でほめられちゃった」
 「へえ?」
 太一は続きを促す。それで光子郎は、母の「がんばったわね」を言う羽目になった。

 「そっか。さすがだなあ、おばさん。…がんばったもんな、俺ら」
 「ええ、まあ。太一さんも、おつかれさまでした」
 「まあな。キレイになった風呂でゆっくりして、疲れはもう無くなっちゃったけど」
 言って、太一は首まわりを軽くストレッチするように伸ばし、寝るか、と一言。

 「はい、でも、その前に」
 近づいて、暖かな首筋に触れ、キスを。
 「久しぶりに、太一さん、すごく色っぽい」
 「…とりあえず、「久しぶりに」と「色っぽい」ての、ものすごく恥ずかしいんだけど」
 「キスは、恥ずかしくないんですか」
 「……。」

 ベッドで年越しなんて、初めてかもしれなかった。











 ごそごそ、音がして。
 「…さむい」

 自分で、毛布はまだ要らないって言ったのに。
 早朝だろうか、まだ部屋は暗い。

 「どうぞ」
 「! ごめん、起こしたか」
 いつもはあたたかい指先が、ひどく冷たい。
 「だいじょうぶです。明日は毛布、使いましょう」
 「うん」
 二人とも、とろんとした眠気に包まれながら。

 「光子郎、あったかいな」
 「よかったです」
 「おやすみ」
 「はい…」









 「あ、ちょっと本屋寄る」
 「…はい」
 二人で食べ物の買い出しに行けた。
 荷物は分けて持つか、まとめて持つか、どちらかだ。
 今日は僕が一つにまとめて持っている。
 不自然にくっつかないように、1メートルくらいの距離をあけて歩く。
 友人とか、ひょっとしたら無関係の二人を装う。
 そんなことする必要無いって、笑い飛ばしてくれる人がいれば変わるのだろう、でも、僕たちの周りにはそんな人いない。

 かれが商店街の本屋に入るのを確認して、その2軒向こうの電器屋を覗く。小さいけれど、一応全国チェーンの電器屋の支店だ。
 (…落ち着く)
 ブルーレイの値段を確かめる。
 (まだ買い時じゃないな)
 少しうろうろして、電器屋を出る。

 「ばーか、俺を待たせてんじゃねえよ」
 「すいません」
 商店街の終わりには、かれの馴染みのスポーツ用品店。これがあるから部屋をここに決めた。
 はぐれたときの待ち合わせは、ここだ。

 「荷物、かわるよ」
 「いえ、今日は僕が。次は太一さんね」
 「…筋肉痛になっても知らないからな」
 「こんなんでなりませんよ」
 どんだけ貧弱なんですか、そう笑う。
 暗い帰り道が終わって、明るい玄関に着くのが楽しみ。

 手を取り合って、離れていた分を取り戻す。









 「早かったな」
 「え、待たせていたんじゃないかと、思ってたんですが」
 「じゃあ俺が来たの、けっこう遅かったんだな」
 会話をしていて、些かの違和感を感じる。
 「太一さん、なにかいるものあります?」
 「…」
 即答しない。返事を待ってみる。
 「いや、いいわ。また見にいくから。光子郎のいるもんだけ買ってきなよ」
 「はあ、じゃあ、そうします」
 ちょうど昼時だ。かれの手元には時間つぶしに読んでいたと思われる新書とアイスコーヒーだけ。サンドイッチのひとつじゃ足りないくらいだろうに、何かを食べた痕跡が無い。
 (もう、どこかで食べたのかな。今日は昼あいてるって言うから待ち合わせしたのに)

 ベーグルサンドとカプチーノを持って席へ戻ると、太一の口がへの字に曲げられる。感情的になる場面ではないはず、そう思って尋ねてみる。
 「どうしました?」
 「食べるもん、迷ってたんだ」
 「…は、…」
 「よし。光子郎がベーグルなら、俺はカルツォーネにしよっ」
 「…ははっ」
 同じものにしないのが自分たちらしいと、光子郎は笑う。
 「笑うなよ、お前とじゃなかったらどっちかに決めれるけど、お前とだからなんでか決められないんだよ」
 それは、どういう意味だろう。かれが戻ってきたら、よく聞いてみよう。
 「はい、行ってらっしゃい」
 「おー。先に食べてていいよ」
 財布を取り出しながらレジに向かう後ろ姿を、笑いながら見送る。










 「テントモン、10年前の今日、僕は君に会えるなんてこと想像もせず、ただキャンプの用意をしていたんだよ」
 パソコンに向かう、いつものテントモンの視界に写る光子郎ではなかった。テントモンの視界は、ただ光子郎の家のリビングと、窓の外を捉えていた。背に、手の重みを感じる。上に光子郎の手が乗っているのだ。テントモンは光子郎の膝の上に鎮座していた。いいから、と、笑って膝の上に誘われた。
 「君たちが、10年よりももっともっと長いこと、僕らを待っているなんて、知りもしなかった」
 10年。それが、あの 日蝕のかたちをしたゲートが閉じたときから今日までの、おおよその時間なのだと言う。光子郎はこんなにも変わった。背丈、声、顔つき、体つき、それに、時折見せる、朗らかな笑顔。
 「君たちの時間ほど長くはないけど、それでも、僕らにとって、10年っていうのは一つの区切りなんだ。だから、明日からしばらくはみんなと会えるよ。久しぶりだね」
 「ええ、えらい久しぶりですなあ…」
 「ふふ」
 笑い声が降ってくる。どんな顔をしているか、テントモンは興味をひかれたが、それをつんざく叫び声が玄関で上がる。
 「ああ〜!テントモン!こうしろう!何してるの〜」
 「アグモン、おかえりなさい。太一さんは?」
 「もう帰ってきてるよ〜」

 テントモンは、言われなくてもわかっているとばかりに、光子郎の膝から飛び立った。
 「太一さんにおかえりを言わなきゃ」
 「はいな」
 玄関へ向かう光子郎を、やや見つめる。きっと、嬉しそうに太一を見つめているのだろう。
 「ねえ何してたの」
 「ちょっと喋ってただけですがな」
 「ふーん。アレ太一に見られない方がいいよ、たぶん」
 「…次は気を付けますわ」


 「おかえりなさい」
 「ん、うん」
 アグモンが早々とリビングへやって来たのに、太一がなかなか来なかった理由。どうやら疲れているようだと察して、光子郎は静かに尋ねる。
 「…今日はバイト、大変だったんですか」
 太一は、試験期間中もずっと、三種類のバイトをこなしていた。試験が落ち着いた今、朝から夜までバイト三昧である。今日は確か、夏休み の小学生サッカー教室のコーチと、英会話教室の補助講師だ。
 「うん…疲れた。汗かいた。風呂入って…」
 そこで言葉が途切れた。そして唐突に、太一は光子郎に確認する。
 「今日は7月31日だな」
 「はい。明日はバイト入れてないですよね」
 肯定と、確認。ろくにコミュニケーションする時間も無いが、明日は大事なイベントがある、それくらいは認識していてほしいと、少しきつい言い方になってしまった。
 「だいじょぶだって。明日、どうせ夕方出ればいいんだし、ちょっとくらい遅くてもいいよな」
 「ええ、まあ。でも」
 「酒飲まねえ?」
 言いさした光子郎を遮って、太一が笑顔を向ける。その笑顔に、光子郎の顔がほころびかけるが、出てきた言葉のほうはそうでもなかった。
 「…買いに行かないと無いですよ」
 「んじゃ買ってこよう」
 「疲れたんでしょう」
 光子郎の言葉はきついが、口調は穏やかだ。
 「光子郎と話して寝た方が疲れ取れる」
 ここまで言わないと、伝わらないんだから。しかたないなあ。太一は心の中でひとりごちる。
 「……。いいですよ。アグモンとテントモンは寝かせましょう」
 「…うん」

::

 「〜〜〜っ!」
 太一は、余計なことを考えずただ己の快楽を感じる。枕に腕を置き、その上に口を持ってきて、声は極力抑える、それ以外のことは、放棄した。
 「っ、はあ、…」
 だからなのだろうか、太一は幾度となく追いつめられる。そのたびに逃れようと懸命に前へ移動するのだが、光子郎の腕がぐっと太一の体を引き戻し、同時に浅くなった繋がりも深くなった。
 「…〜〜!」
 やがて逃げられないよう 、ほとんど密着するように抱きかかえられて、太一は叫び出しそうになる。声を抑えるのは一苦労だ。
 「っ、う、あ」
 必死で抑えても、もうこぼれてしまう。時折押さえつけている腕から口が離れてしまうのだ。
 「太一さん、」
 ほとんど声を出さなかった光子郎が、それを察したのか、その右手を太一の口に宛う。
 「もう、すこしっ」
 まだかよ、太一は心の中で応える。太一が耐えきれず逃げようとさえしているのに、光子郎は飽くことなく太一の身体を求める。
 「…んん、ん」
 声ではない、ひどく甘い音が漏れる。そのあまりの甘さに、太一は気が滅入りそうになる。ただ、光子郎は気に入ったらしく、太一の中でくん、と反応した。
 「…!」
 太一はそれに顔を燃えさえる。ばかっ、と言いたいのに、それもできない。光子郎の左腕はしっかりと太一を抱き固めている。それでも身体を少し捩らせて抵抗するが、ほとんど意味はなさなかった。光子郎にとってはそれくらいの抵抗はむしろ嬉しいくらいだろう。
 光子郎が太一を解放する頃には、太一はすっかり涙目になってしまっていた。息を上げさせている太一に、同じくまだ息の整わない光子郎が、「泣くほど気持ちよかったですか」などと言う。さすがにその時は太一は光子郎を叩いてやった。
 「ばかっ、…アグモンとテントモンがいるのに…!あいつらだって気付くぞ」
 「しかたないでしょう、ワンルームなんですから。ふたりに玄関で寝ろって言うんですか」
 一応、ふたりからは離れたいから、わざわざいつもと違う場所に枕と掛け布団持ってきたのに、と光子郎は口を尖らせる。太一だって、そうするしかないことはわかっている。もしくは自分たちが、一応ドアの外である玄関へ行くかだが、それはやりたくなかった。となれば、しかたない。
 「………気持ちよかったよ」
 「え?」
 「!!!」
 もう言わない。太一はその場で体を丸めた。
 








 「……。」
 何度か訪れた部屋。
 最初は落ち着かなくて、とてもくつろげたものではなかった。
 浮き足だった気分を、そのまま二人で楽しんだ記憶がある。

 「たいちさん」

 それが今は。
 何人寝られるだろう、とかれがはしゃいだソファに、身を沈める。
 羊皮の、押しつけがましくない上質な感触が、手首に心地良い。

 「きれいな、夕焼けです」

 視界には、ただ空、そして残念なことに、その空を区切る窓枠。
 それがなければ、まるで空飛ぶソファに身を投げ出しているようだ。

 「どこに片づけたかな」

 左手はソファの背に、右手はねむるかれの髪に。

 「淡いオレンジの、金のような、あのカーテン…」

 言って、微笑む。
 どうせ夕焼けは、刻々と姿を、色を、変えるもの。
 けれどいま、このときだけは、きっとあのカーテンが合うのに。

 「ねえ、たいちさん」

 寝息だけを返事にして。
 別世界で楽しむのも、光子郎のひとつの日常。


 




 また、だ。
 メールの返事が無いからと、もらっていた合鍵でドアを開けたら。
 (なんだ…いるんじゃん)
 時々あるのだ。
 夢中になっていると、他のことはぜんぶ忘れてしまっている。
 机にノートが2冊、参考書と思しき本が2冊。床にも本が散らばっていて、付箋があったり、ページが変わらないようテレビのリモコンが乗っていたりしている。

 邪魔をしないよう、かつ、存在を隠すような真似はせず、とてとて、と近づく。
 考える彼の集中を切らしたくないけれど、来た以上はわかってもらいたい。
 のだが、曖昧なバランスが機能するはずもなく。
 「太一さん、」
 「邪魔して、ごめん。用事あるわけじゃないし、帰ろっか」
 光子郎の視線が、数秒射抜いて、そして泳ぐ。
 「すいません…」
 消え入るように、邪魔だと告げられる。
 そのときの悲しさ。ひとつ溜息を落とす。
 「せっかく、来てくれたのに…」
 また、最後が消えていくよう。いいよ、俺はこういう光子郎、嫌いじゃない(たまになら、ね)。
 「いや、いいよ。時間できたら、メールちょうだい」
 「はい」
 「それと」
 光子郎の少し弱った身体をしっかと掴み、乾いた唇を奪う。
 珍しくその気になったら、こうだ。
 ほんと、溜息出る。
 「おれの、じゅうでん」

 




 「太一さん、晴れましたよ」
 そう言う声が弾んでいる。
 まどろみに沈みそうになりながら、
 太一はそれがどうしたと、何の感動もできなかった。

 「最近曇ってばかりで、寒かったですよね」
 「あー、、そうだっけ」
 「そうですよ、すっきり晴れたら、太一さんと散歩に行こうと思ってたんです」
 「なんで」
 簡単な会話、その風向きが変わったのと、何度かの目叩きが効いた。少しずつ、頭が醒めてきた。
 「今年は風が吹かないですから。冬なのに、晴れたらぽかぽかするんですよ」
 「ふーん」
 それでか、外にいると妙に暑いのは。そう納得する。
 そのあと、光子郎の声が明るいことに安堵し、嬉しい自分を見つける。そうだ、光子郎は、天気の変化ごときで感情を左右させるような子供ではなかったのに。

 「光子郎」
 「はい」
 「散歩な。わかった、行こう」
 「はい!」
 嬉しそうな笑顔が、朝の日差しによく映えた。