下から見上げて、部屋の明かりにほっとする。メールをやり取りしていたので、太一が部屋にいることはわかっていた。それでも、それを実際に目にすると、やはり安堵する。メールのやり取りがあったからだろう、部屋の外側の明かりも点いていた。
「ただいま、太一さん」
 鍵を開けて声を掛けると、太一が視線を寄越す。今日は、ぱっと表情を変えて、眺めていた雑誌を投げ捨てるようにして玄関へ来てくれる。
「おかえり!」
 にこっとして、まず太一がしたのは明かりのスイッチを消すことだった。部屋の外側の明かりと、今二人がいる玄関の明かり、その両方が消えた。
「……。えっと?」
 明るかった玄関が暗くなり、光子郎は太一の意図がわからず笑顔のまま首を傾げる。
「節電!」
 太一は良い笑顔でただ一言、そう答えた。光子郎はやはり笑顔のまま、ああそうだった、と多少気分をしぼませる。太一はもうずっと、節電意識が高いままだ。光子郎だってもちろん意識はしているが、パソコンだって使うし、研究室は常時空調が入っているし(省エネモードにはしてある)、携帯だって毎日のように充電している。それに太一が文句を言うことは無いけれど、きっと含むところはあるのだろう。太一はテレビをつけていないし、当然クーラーも入っていないし、パソコンもつけていない。携帯は光子郎と同じようにほぼ毎日充電しているようだが、それ以外はかなり徹底している。
「光子郎、まさかとは思うけど」
「……」
 光子郎はまだ靴も脱いでいないのだが、太一はそんなことには構わず文字通り上からの目線で言葉を続ける。
「今日もパソコンつける気か」
「……、メール、返したいのが、あるんですが」
「携帯で打てねえの?」
「打ちかけて、挫折しまして」
「ふーん」
 太一は笑顔なのだ。笑顔なのだが、なんだか、感情は笑顔とは違う気がする。光子郎は自分もよくそういうことをしているだろとわかっているから、太一をどうこう言う気はなく、むしろ自分の習慣が移ったような気がしてすこし嬉しかったりする。
「ま、いいけど。」
「……。すいません」
 太一がすたすたとリビングへ向かう。そのまま冷蔵庫の扉を開けるのを見て、光子郎はとりあえず靴を脱いだ。
「麦茶、のむ?」
「いただきます」
「クーラーまだ入れなくていいよな」
「もちろん。必要ないです」
「パソコン電源入れとこうか」
「いえ、いいです、すぐ立ち上がりますから」
 光子郎が手を洗ってリビングに戻るまでに、そんな会話が交わされる。リビングに戻ると麦茶の入ったグラスが食卓に置かれ、太一はまた雑誌に見入っていた。太一がわざわざ書店で買う、週刊のビジネス誌だ。就職活動をしていた頃からずっと買っている。面白い記事などは光子郎にも見せてくれるので、光子郎もビジネス誌というのが思っていたより敷居が低いということを知っている。太一を見ながらよく冷えた麦茶をグラス半分ほど飲み、光子郎はパソコンのほうへ移動する。メールは全て携帯電話でも見られるようにしてあるが、返信を全て携帯電話でできるわけではない。太一には言わなかったが、そんな要返信のメールが三通ほどあった。できれば全てに返信したいが、そんなに時間が取れないような気もする。
(無理だったら、明日学校で返信しよう…。)
 実はいつもそう考えている。もう四年生になったというのに忙しく、なかなか学校で自由にできる時間が取れない。そして、学校でも節電策が取られていて、自由に使えるパソコンというのは限られている。
「光子郎、何時くらいまでかかりそう?」
 不意に尋ねられ、光子郎はやはり時間を区切ろう、と思い直す。
「日付が変わるくらいまでには、なんとか」
「そっか。じゃあ俺風呂入ってくる」
「ええ、どうぞ」
 風呂場からの水音をBGMにパソコンに向き合い、一通を返し、二通目の返信に取り掛かる。三分の二ほどを書いたあたりで、髪を濡らした太一が戻ってくる。
「……。」
 光子郎は気付いていないだろう、真剣な表情でキーボードを打ち、時々考えるような仕草を見せる。
(やっぱ、予想通りだなあ)
 太一はリビングの入口でひとり、顔をにやつかせる。しばしそうしていたが、眺めるだけというのはすぐに飽きるもの。
「光子郎」
「はい…、あ、あー…、」
「日付変わったぞ」
「そうですね…」
「メール送れた?」
「途中です、けど、保存しときます」
「うん」
 太一は光子郎を眺め続ける。声を掛けたら、光子郎は慌てていた。その姿が可愛く見えるのだから、もう末期症状だ。光子郎はどうやら書きかけのメールを保存し、携帯電話でも続きを編集できるように操作をしているらしかった。
「なあ」
「はい」
「パソコン、切るよな」
「…ええ、もちろん」
「えらい」
「…どうも」
 相変わらずやや慌てたままの状態で、光子郎がパソコンの電源を切る。
「コンセント」
「えっ」
「コンセントからコード抜かないと、待機電源くうだろ」
「そうでしたね」
 光子郎にそこまでさせて、太一は満足する。光子郎は苦笑いだ。
「作業が、まるでできません」
「そう?」
 太一はリビングの明かりのスイッチに手を伸ばす。いつも一番明るい状態にはしていないが、さらに暗くする。
「もう、節電節電って。太一さんたら」
「何だよー。必要なことだぞっ」
「もちろん、わかってますよ」
 少し離れたところにいた光子郎が、立ち上がり太一のすぐ前に来る。
「余らせた時間は、どうしたらいいんです」
「寝ればいいじゃん」
「もうちょっと疲れる予定だったんです」
「なんだそりゃ」
「誘ってるんですよ」
「………。そんなの、知ってる」
 太一の言葉を受けて、光子郎がふっと目元を緩めた。その表情に射抜かれて、太一は口を一文字に引く。光子郎の手が緊張する太一の濡れた髪を梳き、そのまま流れて頬に添えられる。
「ありがとう、太一さん」
 なにが、と問うことはできなかった。光子郎のキスが気持ちよくて、太一の中にはただ問いたいことがあったはずだという情報だけが残ってしまった。結局それすらも無くなるほど散々に可愛がられて、二人でもう一度風呂場に行くことになったのだった。

 

リアルタイムねた!^^
もうとんでもない暑さですが、二人はPCつけずにべたべたしてくれたらいいな!
2011.06.25. みゆ