(あ、11月22日)
 その日が語呂合わせで「良い夫婦の日」ということになっているのを、太一はもう何年も前から認識している。毎年太一が言うものだから、きっと光子郎にもすり込みを与えているだろう。
(…そんで、俺が夕飯当番。)
 ふむ、と太一は思考を巡らせる。夕飯に一計を案じるのは自然の流れであった。いくつか浮かんだ中で、一番太一の心を暖かくしたのはある記憶だった。それを作ろう、太一はそう決めて家を出た。

 昼に「今日は必ずうちで夕飯食べること」、そう光子郎にメールをして、ちゃんと返事ももらった。太一は材料を買い込んで、レシピ帳がわりにしているB6のノートに目を通す。
(おばさん、よく教えてくれたよなあ。今思えば)
 光子郎の母が唯一分量まで教えてくれたのが、エビチリだった。それまで、どんなに言っても分量までは教えて貰えなかった、それはそうだ、太一は光子郎の幼なじみでしかなく、しかも光子郎より年上で、よりによって男である。台所に息子ではなく息子の友人が入り込むなど、普通ではない。それでも教えてくれたエビチリのレシピは、手書きのノートだけでなくこっそりデータでも保存していたりする。
(レトルトより美味しいんだもんなあ。光子郎んちはほんとすげーよ)
 豆板醤とケチャップを混ぜながら、笑顔半分ため息半分である。太一の家でエビチリといえば、外食かスーパーのお総菜であった。
(ちょっと辛さ控えめにして…)
 水溶き片栗粉を用意している頃に光子郎からメールがあって、出来上がりにちょうど良いタイミングだと嬉しくなる。
(匂いでわかるかな)
 まだできてもいないのに、太一の顔には笑顔しか浮かばない。

「太一さん」
「おかえりー」
「中華… ですね」
「うん。」
 玄関で出迎える太一の顔がとてつもなく晴れやかで、光子郎は訳も分からず緊張する。良いことがあったのだろうか、それとも、今日はなにかお祝いがあっただろうか。
「あ、エビチリ…、これ、もしかして」
 そこまで言うと、太一の顔がさらに晴れた。
「食おーぜ! うまくいってるといいな」
「ぜったい大丈夫ですよ、良い匂いがしてますもん」
 食卓につきかけた太一にキスをすると、晴れやかな笑顔が一瞬で曇って、次に真っ赤になった。
「フライングすんなっ。食えっ」
「ええ。いただきます」
 

 


いただきます、はエビチリとこの日の太一さんに。
2011.11.22. みゆ